KanaOhtsuki * One day One picture

■大槻香奈の日記■

【NEWS】伊丹での大槻香奈個展「おやすみからのおはよう」ギャラリー創治朗にて開催

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初の伊丹での個展「おやすみからのおはよう」がギャラリー創治朗にて19日から2016年の1月24日まで開催されます。
ギャラリーは金土日のみ開廊となります。
作品販売も致しておりますのでご興味のある方はギャラリーまでお問い合わせ下さい。
期間中トークイベントやお茶会などもありますので皆様ぜひご参加くださいませ!

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会期:2015.12.19 sat - 2016.1.24 sun
※年始の 2016.1.1 - 1.3 は休業いたします。
開廊日時: 金~日曜 12~19時

□レセプションパーティー: 会期初日 12.19 土 18時~
□ アーティストトーク: 1.9 土 18時~
□としあけお茶会: 会期最終日 1.24 日 17時~
(としあけお茶会は参加費500円となります。)


会場:創治朗 -contemporary art gallery-
664-0851 兵庫県伊丹市中央6-1-33 中本ビル2F

tel:072-773-3910
mail:gallerysojiro@gmail.com
web:http://gallerysojiro.wix.com/sojiro

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※以下文章は、創治朗ギャラリーWebからです。

■趣旨

このたび創治朗では、大槻香奈(Kana Ohtsuki b.1984) の個展『おやすみからのおはよう』を開催いたします。主にセーラー服の少女ポートーレート作品で知られる大槻は精力的に作品発表を継続しており、2015年も数回のグループ展・個展を開催しました。
中でも11月に東京アートコンプレックスセンターにて開催された個展は規模の大きさとテーマ設定のシリアスさにおいて現在の大槻香奈の創作のほとんど全貌が反映されていた展覧会でした。
その次の個展である今展では、年末年始をまたぐ会期というニュアンスもある『おやすみからのおはよう』というタイトルから着想して、眠ることが意識や時間に及ぼす作用や、おやすみ/おはよう という挨拶の親密さなどを手掛かりにステイトメントを構成しました。以下でご覧ください。



眠りにつくとき、次に目を覚ます朝には、どんな世界を見たいと願っているだろうか。
眠りの時間には意識がない。意識が退いて隠れていた無意識が現れ自由に振る舞う。
それは夢だ。夢には、場面や話の整合性やつながりが成り立たない不条理な場合が多い。

夢が、意識がとらえていた連続的な情報を無意識のフィルターを透かして整合性もないままに途切れ途切れのばらばらな断片として取り出すのと同じく、
眠りの時間は目覚めている時間の連続性にくさびを打ち、眠りに意識を預けていた時間を現実から欠落させるかのように、
目覚め - 眠り - 目覚め の並びを別々の時間軸を橋渡しするように、切断しつつ連結する。

目が覚めたら思いもよらないことが起きていたという物語表現は多いが、これは眠っては目覚めるという流れが間に欠落を挟んで隔絶された時間であるためだ。


大槻香奈は近作から<フォトドローイング>と称するシリーズを制作し始めた。 
これは彼女の家に長年保管されていた家族の古い写真――
よく祖父母の家の箪笥にしまわれていた思い出を誰もが持っているような―― の上に直接ドローイングを描き込み、
写真の中ではそのような姿をしていなかったはずの人物が大槻作品に特有の女の子の姿に変わっていたり、また本来人物が居なかった風景に人の姿が描き加えられる場合もあるというシリーズだ。

大槻はこの方法を、古い写真の時代へのある種のタイムスリップのような感覚がある、と語った。
あるいは元の写真内では一様にまとまっていた時間を、絵が描き加わることで一つの時間として固定できない、どことも知れない時間(パラレルワールド?)に置き換えたとも言えるかもしれない。

ここでは夢の機能のように、一つだけの時間、ひとつながりの時間を切ったり解体するようなニュアンスが作品に含まれている。

この連続性と統合性がほぐれてしまう性質は実のところ大槻作品全体から発見でき、タブロー、ドローイング、コラージュ、割れた鏡、さなぎのカプセル、粘土の小さな立体、作品外部を装飾する雑貨、さらには前回個展『わたしを忘れないで。』の展覧会場での壁面のタイトル文字にデザインされた鏡の断片が使われていたというような、過剰にも思われる作品素材の拡張性・増殖性からも顕著にうかがわれるものだ。

この非統一的/複数的な多様な作風を束ねるはずである大槻香奈の作品のただひとつ確固とした中心的モチーフ <少女の姿>が、しかしその少女の無意識を通して世界を眺めたかのように、夢の無意識の時間が現実を切り分けると同様、少女の虚無を感じさせる瞳の色が世界を非中心化しばらばらな断片に砕いていく。

それは光を映さない瞳の少女が世界の姿を見ておののき、世界を自らの内部で解体しなおしているようにも思える。
(この目線に立つと、作風の中心を成す存在の少女こそが中心/単一/連続を打ち消す者となる。拠り所としての中心は予め喪失されているのだ。)


そうして、それは一人きりの風景ではなく、少女期の誰もが感じうること、誰にも起きていることとして大槻作品の中では常に<複数形>で提示されている。
必ず何人も並んでいるポートレートの少女、「ずっといいこ」の群れ、さなぎのカプセル群に見られるように。


時間軸は切り分けられ、複数ある。その時間の中をたくさんの少女がループし続けている。
それは見失ってしまったものを探し続ける旅のようでもあるし、反対に離れたくない時間の位置にとどまるために繰り返しているようでもある。


眠りにつくとき、次に目を覚ます朝には、どんな世界を見たいと願っているだろうか。

ばらばらにほぐれて繰り返される時間たちの不確かなさまよいの中で、<おやすみからのおはよう>という呼びかけは、とても親しい言葉、脆いつながりを支える言葉に響くはずだ。

そんなふうに、霧散していく時間の奔流の中で、<おやすみ>で別れ<おはよう>で再会できるような、日常の退屈さと隣り合わせのささやかな奇跡を願っているのではないだろうか。



この機会にぜひご高覧賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

(text:二見正大)

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作家 : 大槻 香奈

Author:作家 : 大槻 香奈
美術作家/イラストレーター
お問い合わせは以下の大槻香奈Webサイトよりお願い致します。

http://ohtsuki.rillfu.com

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