KanaOhtsuki * One day One picture

■大槻香奈の日記■

明けまして日記

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明けてしまいました。
お年始状下さった方、ありがとう御座います。
今年は喪中でして、全員の方にお知らせできず申し訳御座いませんでした。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

年が明けたからといって何が変わるわけでもなく(ただし年明けて1キロ太った)
変わらない日常を過ごしています。

絵も相変わらずずっと描き続けていますが、ここにきて引っかかることは
やはり今の世の中にあるアートのあり方ってなんか変だなあということで。
たぶんその違和感を感じているのは私だけではないですが、
この話はまたいつか…まとまった時にでも書いておこうと思います。

とにかく今わたしが感じている事は、
誰かのために動きすぎると世の中は動かないっていう切なさです。
そのかわり、誰かのために動くと世界はきっと変わるんだろうなと思うけれど。
「世の中」と「世界」のニュアンスって、うまく説明できないけどなんだか全然違う。
どちらも素敵なものであって欲しいと思うけど、両方の理想を叶えるには自分は小さすぎて何も出来ない。
自分の役割としては、絵を通して世の中が変わるお手伝いをするほうが向いてるのかなあと思います。


いま個展の絵を描いているのですが、これは…
白いです。
言葉がそれしか出て来ないけど、なんだかとっても白い絵。


それと関係あるのかどうか分からないけれど、最近自分の中に何も無い事に自分で驚いています。

ただし無感動って訳でもなくて、どう言っていいのか分からないのですが。
喜怒哀楽はあるけど、それらが自然すぎて自分の中の印象に残らないというか。
「頑張ろう!」みたいな、自分の意識を引っ張り上げる様な意気込みもあまり無くて、
その割には実際仕事しすぎってぐらい働いてると思うし…なんか変な感じです。
自分の中のネガとポジが無くなって、心がその真ん中にずーっといる感じ。



「無くなる」といえば、個人的ではありますが
昨年の3月にやった「生み出す無」という自分の個展を思い出します。
(その時のコンセプトは↑リンクより辿っていただくと書いてありますので読んでください)
簡単に言えば私はその時の個展で「自分の中に無を見つける」という挑戦をしていた訳であったのですが、
そこでは「無」という本来実態の無いものに対して「生み出す」とか「見つける」
といったような行為と結びつけていたためにおかしな矛盾を抱えておりまして、
それはそれで良いんですが、
とりあえずナチュラルな無を表現していた訳ではなく、
その時無心で描いた絵であったとしても、
とにかく意図的である無(たぶん、願いとか祈りに近いようなものかな)であった事は
間違いないんじゃないかなあと。
振り返ってそんな事を思うのですが。

ところが今、個展を目の前にして自分の中にあるそれは、ほんとうに何も「無」い感じです。

何かを強く求める事もしていないし、自分自身も含め、失う事を怖いと思わなくなったような。
空でも海でもなく、地平線のポジションにいるような気分。
空模様が変わろうが、海では波の様子が変化しようが、ずーっとまっすぐ。

この感じはとても気持ちよくてすがすがしい反面、
結局ずーっとこのテンションでいると今後色んな仕事や人間らしい関わりや生活が絡んでくると
周りがそうさせない事も何となくわかっているし、
まあ…そうなった時はしょうがないよねっていう。
そんなわけで、気持ちよいのとしょうがないよねっていうふたつがあって、
私の気持ちはプラマイゼロです。




そういえば「地平線」って名前はついてるものの、言ってみればただの境界線で、実態は何もないよね。
なんだか自分みたいな。
自分以上のものもそれ以下のものも、この世にはきっと無いのかもしれませんね。
というか、実際そうなんだろうなあと思いました。




さいきん少し興味がでてきたのは、紙と鳥です。あと、ちゃわん。

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作家 : 大槻 香奈

Author:作家 : 大槻 香奈
美術作家/イラストレーター
お問い合わせは以下の大槻香奈Webサイトよりお願い致します。

http://ohtsuki.rillfu.com

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