KanaOhtsuki * One day One picture

■大槻香奈の日記■

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「画家」という人間と「芸術家」という人間がいて。

これらふたつの違いを個人的見解で説明すれば長くなりそうなので辞めておきますが、
芸術家に関しては英語で言えばアーティストの事であって、
その「アーティスト」という言葉自体、最近広い意味で用いられすぎていて
私としては今やもう「芸術家=アーティスト」ではないんじゃないかな…と考えているので、
あえてここでは芸術家と書く事にしたいと思います。

画家に自分の絵を見せれば「あなたの絵はマンガっぽいね」と言われるし、
芸術家に自分の絵を見せれば「あなたの絵はイラストレーションだね」とたいがい言われる。
それを言われていつも再確認するのは、私の目的は絵を描く事には無いのだということ。
絵描きという職業としての自信は無いし、自信を持とうとも思っていないというか。
私は以前から自分の事をイラストレーターではないとは思っていたけど、
もっと言えば世間的に言うアーティストでも画家でも芸術家でも無いような気がしてきた。
自分から職業を名乗るのは間違っていて、他人に決めてもらうしかないような、そんな気がする。
いつも自分の目的が絵とは違う場所にあって、今までそれに向かうために絵があった。
目的の為に絵が必要ない時も後々出てくる事だろう。

正式な場で自分の事を人に紹介しようとする時、いつも困る。
自分の肩書きって何ていえばいいのだろうか。
「大槻香奈です」って事しかはっきり言えない。
私は大槻香奈を生きてるだけだと思うし、自分に今必要だと思う事しかしていない気がする。
今年絵に描いたテーマを来年も描こうとは思わないし、人のリクエストに応えることもほとんど無い。
昔描いていたような絵を、今はもう描かないのですか?と度々言われる。
それに応えられない事を、本当に申し訳なく思うこともある。
でもそれは例えば、私は今25歳であって「大槻さん、いま17歳の年齢に戻ってくれませんか?」と
人から頼まれる事とと同じぐらい不可能な話なのだ。
一度描いた事があるものはその一点の作品の中に、
その時にしか分からなかった真実やその時の自分の本質が込められていて、
そこから自分が成長すれば、もう以前描いていた様な絵は描けなくなっているし、
過去の絵を今真似して描けば、それは嘘になってしまうから描きたくないのだ。
むしろ、昔の絵は昔に描きつくしているし、その当時描き残した作品たちで十分だ、
という気持ちでいる。
お客さんにお願いする事があるとすれば、その1枚の絵から、
今ではもう表現不可能な感情や力や(と言えばいいのかどうかは分からないが)
そこにしか無かった何かを感じて欲しいと思う。

自分にとって今絵を描く事は意味のあることだと思っているけど、
自分の絵に振り回されたくは無いと思う。
あくまで大槻という人間の成長を助けるために自分の絵が存在していて欲しい。
そしてそこには誰かの為に描きたいという思いも同時に存在している。

何でそういうスタイルで絵を描いているのかと問われれば、
おそらく自然現象が自分に与えた試練に従っているだけなんだろうなと思う。
私にとっての神様は自然そのもの。
神様は自分を守ってくれるような存在じゃなくてただそこにあるだけで、
私が勝手に神様からの挑戦状を受けて立っているような気分だ。

なんか、もっと苦しめといわれているような気がしてならない。
苦しんでいない時の自分を、まだまだ神様から認めてもらっていないような気がする。
その苦しさは忍耐って事じゃなくて、成長する事そのものだと感じる。
たぶん死ぬまでこういう感じなのかもしれないな。
がんばらなくっちゃ。

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作家 : 大槻 香奈

Author:作家 : 大槻 香奈
美術作家/イラストレーター
お問い合わせは以下の大槻香奈Webサイトよりお願い致します。

http://ohtsuki.rillfu.com

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