KanaOhtsuki * One day One picture

■大槻香奈の日記■

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友達(男)が、私の絵を見てつぶやいた一言が
「そういえば男は子供産めないんだよなあ…」
だった。

「人物を描く時、女の画家は本当にものを生み出している人が多い気がするよね。
なんか、自分自身というより自分の子供を描いているように見えるというか。
男にはこういう絵は描けない気がするな。」
みたいなことも言った。


それを聞いた時に心の中がわっとなって。
そこで改めて確信したけど、やっぱり私の描く絵は全部娘なんだわ。。


だから絵がひどい扱いを受けると、自分が悲しいというよりかは、
自分の子供の事を思ってどうしようもない気持ちになるような感覚がある。
あと、絵を産んだ親として、自分の力不足に申し訳なさも感じてしまう。

だけど絵を描いているときは、絵を自分の子供だと思っていれば自分の甘えが出せないので良い。
理性的になれるというか、心を鬼にできるというか。

自分の感情を描いていると勘違いされる事が多いけど、自分自身はそうじゃないと思う。
これはハッキリ言い切ってしまうけれど、私の絵は少なくとも自画像じゃない。
過去の自分を客観的に見ることと、これから生まれてくる子供世代に寄り添っていくこと、
そして子供を抱きしめてあげるような感覚で描く。
それと同時に、その生み出した絵が、社会にどのような形で機能していくのかを考える。
作品と私自身との間には、確実に距離がある。
「私=作品」ではないよなあ。

今の自分の感情を優先したところで、本当の意味で子供を守ることなんか出来るのかと思う。
特に私の場合は。
それに感情なんて、隠していても出るものだし。


世の中のセーラー服のイメージとか女子高生のイメージ、またはそれを取り囲む文化なんかを見てると、
純粋な心で向き合えるようなモチーフとして存在していない事に何度も気付かされる。
もちろん、純粋・儚さの象徴として少女や制服のモチーフは多く世の中に登場するのだけど、
それは見出しだけであって肝心の中身は純粋なもので出来ていないように私は感じているし、
そして私はそれらを気持ちよく受け入れてしまっている人間・社会に対して、
なんとも言えないような悲しさ・悔しさ・やるせなさを感じるのだ。
そんな矛盾は世の中にあっていいと私は思う、
だけど私自身はどうしても受け入れることが出来ないのだ。
上手く言えないけれど。

はっきりした心の被害が無いだけに、やめてください、と言えないような空気もあったり、
こればっかりは言葉にするのが難しすぎる。
でも、だから絵に描いているのだけど。



…こうやって感情が高まっている時は絵を描かないほうがいいです。
主観的すぎる絵って、自分で見てても悪い絵だなあと思います。ほんとに…



こういった話(似たような話)を、先日私の仕事場にて、
次回の個展でお世話になるギャラリーのオーナー・スタッフのお二人様とお話をしました。
きちんと個展の詳細が決まるまでは、ギャラリーさまの事はまだ秘密にしておきます。(なんとなく)
こういうお話をするときは、自分がものすごく子供のような気持ちになっている時なので、
それを最後まで真面目に聞いてくださったお二方にとても感謝の気持ちでいました。
それだけでなく、直接心に力強く届くお言葉も頂き、私にとって本質的に
とても良い一日になりました。
心から、本当にありがとうございます。


画像は、今書いている絵の一部です。
この絵の続きは、落ち着いたときにまたかこうと思います。

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作家 : 大槻 香奈

Author:作家 : 大槻 香奈
美術作家/イラストレーター
お問い合わせは以下の大槻香奈Webサイトよりお願い致します。

http://ohtsuki.rillfu.com

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