KanaOhtsuki * One day One picture

■大槻香奈の日記■

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2009年いま、少女画について思うこと。

個展が無事にやっと終わりました。
皆様にはただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
個展レポートの前に、GEISAIに向けて色々と考える事があったので、
ここにまとめておこうと思います。




まず今回の個展「生み出す無」について。

これには色んな思いがあって、
作品を発表するだけで精神的ストレスがあった事は否定できません。

個展を終えて、改めて感じる事がある。
いったい、自分の作品の事を何人の方が理解して下さっているのだろうかということ。
それ以前に自分自身の反省点もあるのですが。。
私はちゃんと一人の人間として、しっかりと作品を発表出来ていただろうか…と考えています。


まず最初に言っておきますが、鑑賞者全員に優しい展示会なんてものは私は全くする気がなかったです。
それは昨年の北鎌倉小舎での個展でも同じことだった。



もはや自分は、以前にも言った事があるけれど、
アーティスト活動をしていながら、何となくアーティストではないと思うのだ。
名刺の肩書きの欄にはもう「アーティスト」とは書かなくなった。(名刺交換も基本的にはしなくなってしまった)
社会的に見たアーティストとしてのあり方とは年々離れていっているような気もしなくはない。
アーティストとしての礼儀とは何なのかよく知りませんが、
それ以前にまず、いち人間としてやらねばならない事があると私は思っています。



私は人間というモチーフを使ってとことん差別的な要素も含めて作品制作をしているし、
個展というイベントは自分にとってある意味、
大げさに言えば武器を持たない戦争のようなものだと考えています。
他に良い表現方法が見つからないのだが、自分の持つ批判性はある種の子供っぽさも含むと思うので、
喧嘩という表現がいちばん近いのかもしれない。
個展は喧嘩を売るための、そして、そうしてしまった事への責任を感じつつ
しっかりと最後まで自分と向き合いながら戦うためのイベントというか。

そうしなければ、後でひどく後悔する事はわかっている。
本当に伝えたい事が伝わらないまま終わってしまうのが一番悲しいことだ。


たとえ作品の見た目が優しくあったとしても、奥にあるコンセプトは
「平等」「平和」「娯楽」というワードを欠いていると思う。
それが私の持つ「少女」そのものであると思うからだ。
そして鋭い感性を持った少女達は、私のそういったコンセプトに無意識に気付いているような、そんな気がしている。
そういう気付きがありながら「これ良い絵ですね」「優しい絵ですね」と言ってくれるような、
彼女達のある種の精神的な強さに私は幸せを感じるのだ。


今回作品を見に来てくれた女の子の目を見る限りでは、
自分のコンセプトがちゃんと伝わっているような気がしてほっとした。



先ほど挙げた喧嘩について誤解して欲しくないのは、
決して自分自身のストレスを発散させる為のものではないということだ。


私には守ってあげたいと思っている少女がいる。
その少女を守るために喧嘩してるようなもんだ。
いつでも。これはずっとこの先も変わらないと思う。
その少女が作品見て何か自分の中に見つけるものがあるのなら、
私はもうそれだけで幸せなのである。

そしてもし、いつかその少女に大事な恋人が出来て、結婚して、お母さんになる時がきたとしても、
またいつか私の絵を見て、少女時代に感じた気持ちを思い出してくれたら、
それってすごく嬉しいなと思う。
そして女性としていつまでも幸せであって欲しいといつも願う。


私を動かすのは常にこの気持ちだけなのだ。

私が少女のことだけを考えて制作しているといっても過言ではない。



男性から見た女性としての理想像を描くなど、とんでもない。
そんなものを描くぐらいなら作家活動を辞めてしまったほうがましである。

それに、男性の要求を満たすような作家さんは他にたくさんいるし、
もし仮にいないのであれば、それを望む人自身が自分の理想の為に少女絵の作品制作をするべきであると思うのだ。
アーティストとして、作家という職業についている者として、男性女性問わず
作品の少女の表面的なビジュアルに対してのみの指摘を頂く事が本当に多くなったが、
そういった類のリクエストに答える為に描くような少女は、私は全くいらないのだ。


絵を描く上で自分に素直になればなるほど、私がいちばん観て欲しいと思っている少女が
より素直に絵を感じてくれているし、
私がこの先描いていきたいのは、人間社会の上にある精神世界をも超えた、
ただの生き物としての少女なのだ。

いま私が描いているのは生きた少女であると自分ではそう思っている。
いつまでも少女なのではなく、いずれ「大人」になる少女である事を強調したい。
私の絵のテーマに「永遠」という言葉は存在しないと言い切れる。

よって、よほどのことが無い限りは、お金の為に同じような原画を量産する事はしない。
基本的にはいつも「これが最後だ」と思って描いているし、展覧会だってそうだ。




話のついでにしつこいかもしれないが、あえて書いておきたい事がある。
(長くてごめんなさい)


私は作品制作をするうえで最高の妥協点がある。
それは少女に「制服」を着せる事だ。

本来、純粋な少女表現をしたいと思うのならば制服なんてものは必要ないと思う。
制服を描く時にはいつも何ともいえない悲しさと悔しさがあるのだ。

最近は特にそうで、
いつでも、女性として素直でいたいという気持ちと、しかしそれを突き詰めていくと、
自分が社会にはいられなくなるのではないかという不安な気持ちが常に混ざっている。
制服を嫌でも着なければいけないという状況にいて、そこで感じることは一体何なのか。
制服とは、切り離せない社会の象徴だと思って描いている。
女子学生が全員、いつでも制服を好きだと思って着ていると思っていたらそれは大間違いなのだ。


やはり生きていくうえで、社会との関わり方は自分にとって重要な課題になってくると思う。
しかしその悲しみを表に見せていては、社会人としてろくに何も出来ないのである。


だけど、私がせめて、そういったどうしようもない部分を作品にする事で、
それを見てくれた私と同じ想いを持った少女の心が浄化されるような、
そして前に進んでいけるような、女性としての強さを持ってくれるような絵でありたいし、
もっと自分の絵がそういった意味で成長していって欲しいと思っているのだ。


正直に言ってしまおう。
ほんとうは私の展覧会は作品それぞれに「鍵」をかけたい気持ちでいっぱいなのだ。
女の子しか見ることが出来ないような、少女だけが鍵をあけて見れるような絵にしてしまいたい気持ちに嘘をついて、
ただただいつも、広く色んな方に見ていただけるような空間づくりをするよう心がけているのだ。
それがもしかしたら、私が唯一、アーティストという名前を意識しているところなのかもしれない。
これは先ほど言った、喧嘩の精神とは大きく矛盾した点である事は自分でも感じているのだけれど、
作品を発表するうえでしょうがない事も出てくる。


しかしそういった事もそろそろ卒業すべきなのか、と思う。
いやいやしかしそれはどうなんだろう、とも思う。
そんな事を、個展開催まで延々とぐるぐる考えているのだ。



もっと少女に寄り添って出来る事は無いのだろうかと、昨年の暮れごろからずっと考えていた。

しかし思い返してみれば、大切な事に気付く事がある。
良い仕事をしたと思える時というのは、
今まで一緒にお仕事をさせて頂いた自分と同じ想いを持つ女性の方だけでなく、
理解ある男性の方なくしては仕事は成功していなかったという事実だ。
作品に対して、限りなく私のコンセプトに寄り添った男性の理解者なくしては、
最高の仕事が出来ないのだ。
作品を見せていくときにある種の客観性が必要で、自分がどこまでも女の頭でいると
本来の目的とは違う、おかしな方向に行ってしまいかねないからだ。

男性に限って言えば、これから一緒にお仕事をしていきたいと思う方々が現に周りにいて下さる。
それはとてもありがたい事だ。

作品に理解のある男性の方は非常に少ない、しかしその理解ある方たちと様々な形で
コラボレーションをする事によって、私自身の中にも女性という枠以外のところで、
今の時代を共に生きる同じ人間として、純粋なあたらしい視点が生まれると思うし、
その事によって、より良い形でより広く少女達に絵を届けられると思っています。

そして少女以外の、今を生きている人達にも、
その作品の姿を純粋に感じてくれる事をして下さるのならとても、
とても嬉しい。


今回の展覧会で最も衝撃だった事のひとつに、
男性のお客様が私の少女絵を見て、自分の精神世界の事を深く考えて下さったお客様がいらっしゃった
という事がある。

女性をモチーフにした絵から、性別の壁を越えて、ひとつの生き物として自身の事を考えて下さったのだ。
このことが、これからの自分にとってどんなに力になることか。

そんな感想を頂けているから、先ほど言ったような絵に「鍵」をかけなくて本当に良かったと思えるのだ。
そういった気持ちを私に伝える事をして下さって、とてもありがたい気持ちでいっぱいでした。



まだまだ色んな事が始まったばかりですが、
しかし時間は限られている、と日々感じています。
それは先ほども言ったように、決して永遠の少女を描いている訳ではないからなのですが。
時の経過によって人間は変化していくものだ。
その変化が「進化」であるように、これからも絵と向き合っていきたいと思う。


いま現にいる良い作家と比べて、自分に足りないなと思う部分は「経験」だと思う。
ひとつひとつの経験を大事にして、今の自分なりにがんばる事。
決して背伸びをしないことだ。
私が作家活動をする限り、主観的ではあるが、世の中の数々の疑問に気を許すことをしてはいけないと思った、
今回の個展でした。


また落ち着いたら、お世話になった方々とお客様にお礼状かきます。
8日のGEISAIもがんばろう。まだ作品できてない。

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作家 : 大槻 香奈

Author:作家 : 大槻 香奈
美術作家/イラストレーター
お問い合わせは以下の大槻香奈Webサイトよりお願い致します。

http://ohtsuki.rillfu.com

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