こえてゆく光

スーパームーン、日本は小さかったのですね・・・
以下のリンク先に、世界各地のスーパームーンの写真が載っています。
http://www.myspiritual.jp/2012/05/post-4934.php
こんなに大きな月が出ていたら、心身共に何か大きな影響を受けそうな気がしますね。
突然精神が不安定になったり、心がざわざわしたりする事があるのですが、
その原因は何かしらの自然現象の影響なのかなと考えるようになりました。
私が集団行動が苦手なのは、個人的にこういった事があるからで。
自分の心や意識に目を向けるだけでは何も解決しそうにない時があります。
自分でコントロールできる食事や運動、睡眠にはなるべく気を使うようにしなきゃなと思います。
自然現象の動きと自分を照らし合わせながら、自分自身を大事に見守っていなければです。
何となくこれって、女性特有な気がするのだけど、どうなんだろう…
20120506

休憩するイルカ。ショーおつかれさまです。可愛かったよ。
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今日はスーパームーンの日だった。
Twitterで知ったので自分も見てみたのだが、確かに月はいつもより輝いていて少し大きかったように思う。
何となくだけど、自分はこの現象にそこまで感動出来なかった。
失われてしまった感受性について、時々思う。
皆同じ月を見ているとか、私達は同じ空の下にいるとか、そういった感覚はいつしか
自分にとってリアリティの無いものになってしまったなと思う。
言葉としては理解出来るのだけど、体感としてよく分からないといった感じだ。
今だったら「月が綺麗だよ」と人にメールをしたり、Twitterに書き込むことができる。
自分の感受性が反応する前に、情報として目にする事になる。
人と繋がっている感覚が、月でも空でもなく、インターネットにあることが
自分にとってのリアルなように思う。
それが良いか悪いかという話ではなく、今の自分が素直にそう感じている。
感受性が失われることは、人の寂しさを生む事に繋がる。
そこに言葉が無くとも確かな何かを感じられる心こそが、その人自身を支えているものなのかもしれない。
最近写真を撮っていて無意識に思うことは、なるべく大事な瞬間はシャッターを切らずに、
カメラを構えずにその光景を肉眼で眺めていようということ。
そして、それについてなるべく人に語ろうとしないこと。
そうやって自分の感情を心にしまっておくことで(感情を情報化しない事で)、
自分自身を大事にしたいのだと思う。
もし誰かが同じ気持ちでいたとしたら、それがわかる瞬間があるとしたら、
その時はきっと心から嬉しく思うだろう。
書いていて、福永武彦の小説「草の花」で月を眺めるシーンが出てきた事を思い出した。
何となくもう一度読んでみようと思う。
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20120505

人間よりサメのほうがカッコイイもんね。と言ったのは日常のはかせだったか…
サメは存在の緊張感が好きです。
サメは一週間で歯が生え変わるとか縞模様が苦手だとか何とか。
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今日の制作日記。
当たり前に表現活動の全部が楽しい訳ではないですね。
面倒だけど必要なことはやはりやらねばならない…というわけで気の遠くなるような作業を始めました。
頑張って描いても後々上から消す予定なのですが…そんな事が絵には必要だったりする。
じっくり確実に良いものを創ります。
この間友人とも話していたことですが、面倒な事を避けていては前には進めませんね。
どうせやらなければならない事は、どうやって楽しく乗り切るかという工夫が必要です。
あとは…どうしてもしんどい時はiPhoneに入ってるこの動画を見て癒されてます。
というより何となく間抜けで笑えます。何考えて生きてるんだろw
時々ぶつかってますね、、、
どう見ても動くマッシュルームです。ぽわぽわ。















